Written by: vottie on 2007/09/26 @ 12:02 AM
seasarのひがさんのエントリ。
Javaを古くしたやつとRubyを煽っているやつ
他で盛り上がってるところとは別のとこに感銘。
技術なんて本質的なことを抑えておけば、最新のことは知らなくても問題ない。
これ、ホント、うちの会社の上司が良くいうセリフです。
彼ら曰く、言語がわからなくても、部下をうまく管理できれば仕事は回るそうです。
それに対して、うちの父(墓堀り人夫)が、ある職人さんを褒めた言葉ですが、
「xxさんは図面みりゃ、現場の画がイメージできるけんなぁ!!」。
実装をしらなけらば、グレートな設計は出来ない。
そういうことだと思います。
途端にrubyとrailsの話に戻ります。
以下は全てお勉強の範囲で、仕事でこれらのフレームワークに触ったことはないです。
2002年にjava worldに乗せられてstrutsを勉強しました。
MVCとは何ぞやを勉強しはじめ、スグにstrutsを触りました。
正直、設定が多くて動くのを確認するのにエライ時間がかかるなと思いました。
しかし、周りが「strutsスゲー」だったので、ぼくも「なんだかすごい!」とか
hogehoge/hello.doって超クール!!とか思ってました。
2003年には、strutsではカバーされていない領域を補完し、DI+AOPでアプリケーションのレイヤーの分断を行ってくれたspring,seasarを勉強しました。
最初は何がすごいのかよく分かりませんでしたが、
ログレベルの設定を変えるだけでeclipseにたくさんのログが出て喜んだ記憶があります。
そして、S2DAOは強力でした。
SQLをベタ書するアプリケーションは、OOP信者には耐え難い汚さだったので、
そのエレガントさには魅了されました。
2005年の暮れには、java界の住人からするとどこからともなく現れ、
10分で作るRailsアプリが決定打となり、rubyonrailsを勉強することになりました。
railsは最初に触ったときの印象は強烈でした。
しかし、当時rubyの分からなかったぼくには、scaffoldで生成される以上のものは作り出せませんでした。
これまでの数年、フレームワークの入口を触っただけかもしれませんが、いろいろ学びました。
自戒をこめた教訓ですが、
道具は使い用であり、道具に使われてはいけない。
railsからphpに戻った7つの理由にもあるように、フレームワークは道具です。
道具を使いこなそうとするあまり、背伸びしすぎちゃいけないと思います。
たいていの場合、フレームワークは魅力的な機能をたくさん備えており、その全てを把握したい欲求にかられます。
しかし、フレームワークを作ってる人は、ぼくより数段賢いでしょうから、その使いかたを把握するのは困難です。
そうこうしているうちに本当にやりたいことは何か、が見えなくなってきます。
フレームワークは派手で、その寿命は短い
フレームワークを必死に勉強しても、大抵の人は全体の流れについていけないと思います。
(ネットで寄ってたかってhackしてるんだからそりゃそうだ)
そして落ちこぼれてることを自覚するころに、EoDな別のフレームワークが登場します。
それは特別なものに見えますが、結局のところ敷居が低いのは最初だけじゃないでしょうか?
最後に結論。
rubyは、るびまで機械猫さんが言ってたように,思った事を適当に書いたら大抵実行できると感じてます。
他の言語から移行するにはとても優しい、すばらしい言語だと思い、現在勉強中です。
railsは正直、ぼくの手には余るかな、と感じてます。
今後も一応触っていこうと思ってますが、ベタなcgiとか、フレームワークを使うにしても
フルスタックでない、小さなフレームワークを組み合わせて使う方が、
自分の力量とのバランスを考えるとちょうど良いのではないか?と感じてます。